

「軽いストレッチでしょ?」と思っていた私が、自分の身体の地図を手に入れるまで。
MYさん|NIRMAL YOGA TT200 卒業生の声
爪を切るために、下を向くことさえつらかった。
自律神経の不調と起立不耐症で、6〜7年ほど体調を崩していました。
座っていることすら難しい。首がこわばり、爪を切ろうと下を向くだけで強い吐き気がする。丸一日、横になって過ごす日もありました。
仕事を失い、2年半ほど働けなかった時期もあります。
そこから、体調に合わせたヨガと瞑想を続け、再び仕事ができるようになりました。
でも、働けることと、自分の身体を信頼できることは、別でした。
遠くへ出かけるときは、移動に耐えられるかが気になる。予定を立てる前に、まず体調を考える。「また、起きていられなくなったらどうしよう」
そんな不安を抱えていた私が惹かれたのが、ニーマルヨガTT200の「Be your own doctor」という言葉でした。
最初は、少し退屈でした。
講座で初めてマイクロヨガを体験したとき、正直、「軽いストレッチのようなものだな」と思いました。
それまでのヨガで身体は柔らかくなっていたので、一つひとつの動きは簡単。少し退屈にさえ感じました。
ところが、同じ動きを10回繰り返す。いくつもの動きの間、腕を下ろさずにいる。それだけで、思った以上に疲れるんです。
先生や周りの人は続けている。私は、どこでこんなに力を使っているんだろう。
そこで、必要なところだけに力を入れて、それ以外を緩めることに意識を向けました。
どこが緊張しているのか。
どこなら、力を抜けるのか。
身体の小さな部分を一つずつ確かめていくと、退屈だった動きが、急に面白くなりました。
そして、身体だけでなく、頭まで使っているような疲れを感じました。
カイロプラクティショナーの説明で、腑に落ちた。
この感覚を、通っていたカイロプラクティショナーに話しました。
その方は、マイクロヨガを、脳がそれぞれの動きに対して、どの筋肉がどう反応しているかを正確に認識するための、繊細に構成されたシークエンスだと説明してくれました。
例えば、足を後ろに蹴る。
自分では足を動かしているつもりでも、実際には、いくつもの筋肉が働いている。その中には、必要のない緊張も混じっている。
動きながら、その違いを感じ取る。余計な力を抜き、必要な力を使う。
その説明を聞いて、「だから、あんなに頭を使う感覚があったんだ」と納得しました。
動かす。感じ取る。調整する。
私にとってマイクロヨガは、身体と脳をつなぎ直すような実践になりました。
自分の身体なのに、知らないことだらけだった。
変化は、ヨガをしていない時間にも現れました。
パソコンに向かっているとき、身体の小さな「緊張スポット」に気づくようになりました。気づいたら、そこを意識して緩める。
楽器を吹くときには、もっとはっきりわかりました。
唇だけでなく、口の中、舌、喉、首のまわり。息を吐くときに、必要以上に働かせていた場所があったんです。
今までは、力が入っていることすら知らなかった。だから、抜くこともできなかった。
それが、自分で気づいて、調整できるようになった。
まるで突然、自分の身体の地図を手に入れたようでした。
教わったことを、自分の身体で確かめたくなった。
ある日、少しめまいを感じていた私は、普段、施術の前後に行っていた、手を交互に返す動きのテストを自分でも試しました。
マイクロヨガの前と、60分の実践後。
私自身の比較ですが、終わった後のほうが、明らかに動きが良くなったと感じました。
それまでの私は、身体の症状が出ると、「また調子が悪い」と受け止めていました。
でも、身体を細かく観察すると、変化が見える。実践の前後で、自分がどう感じるかを確かめられる。
マイクロヨガに、すっかり夢中になりました。
それでも、ヨガが怖くなったことがある。
講座は、順調なことばかりではありませんでした。
別のヨガのシークエンスでは、最後のシャヴァーサナの後、起き上がろうとすると強いめまいと吐き気が出ました。
動き自体はできたのに、終わってから具合が悪くなる。
「あの頃に戻ってしまうのではないか」
翌日、仕事ができなくなることが怖くて、しばらくはマイクロヨガだけを続けました。
合宿にも迷いがありました。電車やバスの移動も、クラスに参加できるかどうかも、不安でした。
そんな私に、友人が言ってくれました。
「全部のクラスに出なくてもいい」
「必要なら、部屋で休んでもいい」
その言葉に支えられて、参加を決めました。
休んでいるときまで、私は力んでいた。
合宿では、いくつかのポーズを休みました。
先生たちは、その休む姿勢も調整してくれました。そこで気づいたのは、休んでいるつもりの私が、首や肩に力を入れていたことでした。
マイクロヨガで知った「余計な緊張」が、ここにもありました。
さらに、後ろに反る動きでは、「めまいがするかもしれない」と思って、自分で動きを止めていることにも気づきました。
私の場合、身体の硬さだけでなく、怖さからくる緊張も重なっていたんです。
休む姿勢で感じた、肩や首が緩む感覚。それを思い出しながら、自分の身体に合わせて練習しました。
合宿から1週間ほどすると、以前より楽に後ろへ反れるようになっていました。
身体を観察することが、自分の恐怖に気づくことにつながりました。
身体を信じられなかった理由が、少しずつ見えてきた。
合宿中、体調を崩して講義を一つ休んだとき、昔の記憶が戻ってきました。
大学の授業に通えなかったこと。出られなかったコンサート。旅行を諦めたこと。友達と同じように過ごせなかったこと。
もう過去の話にしたつもりだったのに、心が大きく揺れました。
そして卒業論文を書きながら、もっと奥にあった気持ちに気づきました。
以前、寝込むたびに、家族から苛立ちを向けられたと感じることがありました。原因がわからない中で、「また理由もなく病気になった」と叱られたこともありました。
その経験から、私の中で「病気になること」と「誰かの負担になること」が結びついていました。
怖かったのは、身体のつらさだけではありません。
支えが必要なときに、支えてもらえないこと。大切にされないと感じることでした。
合宿では、自分の話を聞いてくれる仲間がいました。涙を流してくれる人もいました。
一人で抱えていたことを、そのまま話せた。その経験も、自分を受け入れる助けになりました。
今は、自分の身体のために、やりたい。
合宿後は、自分に合わせて動きを調整しながら、ヨガを続けています。
朝、全身にオイルを塗る。その後のヨガで、動きやすさを感じる。外を歩くときは鼻呼吸を意識する。ゆったりした服を着て、身体が緩む感覚を確かめる。
五元素の教えも、一つひとつ、自分の暮らしで試しています。
以前は「健康になるために、やらなければならないこと」でした。
今は、「自分の身体のために、やりたいこと」です。毎日の実践が、自分へのプレゼントのように感じられるようになりました。
私の身体は、完全に治ったわけではありません。
でも、まだ回復の途中だ。これから、もっと良くなれるかもしれない。その希望を持てるようになりました。
軽いストレッチだと思っていた動きから、自分の力みを知り、その奥にあった怖さまで知ることになりました。
私にとってTT200は、自分の身体と心の「専門家」になっていくための学びです。
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